手話

さて、昨日の日記で今学期に取っている大学の授業は“手話”と書いた。
正確には“アメリカ手話”を習っている。

もちろん、手話での会話などまだまだできないレベル。
それでも、「手話はね、アメリカ手話ってのを習ってる。」
…って言うと、大概の人は「英語の手話!?すごい!!」という驚きの声を上げる。

でも、ここでちょっと考えてみる。

手話自体がひとつの言語という捕らえ方をすると、“英語”とはほとんど関係ないんじゃないかなって思ったりする。だって、覚える事は単語から始まるわけだしね。
実際に日本語を話しながら、側に居る人がアメリカ手話で話すと言うことも2ヶ月ほど前にしたし。

以前、言語に関する授業を取っていた時の課題で、「聾者と健聴者に関して調べろ」というのがあった。

主に日本(語)手話を使う聾者の実体験や意見を資料として読んでいて思ったのは、「聾者にとって日本語は外国語と同じ様に不慣れな言語」だということ。
頭に“日本(語)”とあっても、手話は日本語とは異なるもののようだ。

聾者の実体験としてこんな話を読んだ。

健聴者と一緒に働く聾者が就業後に食事などに誘われてそれを断ると、「みんなと一緒に楽しくしようよ」とか「一人で殻に閉じこもってないでさー」などと言われる。健聴者は親切心で言うのだが、日本語が母語でない自分に取って、仕事の後にもまだ自分の休まる事ができないところで自由には使えない言葉の中にいるのは疲れる。


僕自身が英語圏で一人暮らしをした事があるので、その気持ちはわかる。また、日系人の友人の中にも疲れている時には日本語で話すのは嫌だ、という人がいた。

話が長くなってしまったが、上記にある事は「手話がひとつの言語である」、と手話を知らない人に教えてくれる話なんじゃないかな?
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by mar1hide | 2006-10-14 00:01 | 思い立った時の日記
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